椎名林檎とトータス松本、この二人がコラボすると初めて知った時に何だか意外なように感じた。
どっちもパワータイプの歌声なのにデュエットでうまく合わさるのだろうか。そんな勝手な心配をして聴く前から腰が引けていたのだが、そんな杞憂は要らなかった。
イヤホンの向こうに銀座があった。
椎名林檎とトータス松本によるデュエット曲「目抜き通り」が、4月20日に銀座にオープンする商業施設「GINZA SIX」のテーマ曲に決定した。
「目抜き通り」は椎名が「新たなる銀座のテーマソングを!」という要望を受けて書き下ろした新曲。この楽曲を制作するにあたり、彼女は以前より共演を求めていたトータス松本にデュエットのオファーをした。レコーディング現場にはバンド、管弦奏者の指揮と編曲を担当した斎藤ネコをはじめ、これまでも椎名プロダクトに参加してきた辣腕の演奏家が集結。繊密に構成されたアンサンブルを同時録音した。
2016年末の紅白歌合戦で東京都庁をバックに歌った時に、「歌舞伎町の女王が都庁に…」と話題になったが、今回は銀座が舞台。
銀座に行ったことなんて一度もない地方民の私が抱く東京・銀座のイメージは、ラグジュアリーでハイソサエティで高級な輝きをまとった街。そんなイメージを裏切らない、むしろ更に銀座に対しての勝手な想像を昇華させるかのような楽曲、それが「目抜き通り」である。
目抜き通り
作詞・作曲:椎名林檎、編曲:斎藤ネコ
曲構成
イントロ
Aメロ
1サビ|間奏
2サビ|3サビ|間奏
Bメロ
「目抜き通り」というタイトル
まず「目抜き通り」というタイトル。人通りの多い通り、主要な通り、繁華街のことを指す言葉でまざに銀座の街を表すのにピッタリである。英題表記は「The Main Street」である。
銀座をテーマに楽曲制作を依頼されたら、タイトルに安易に「銀座」と入れたくなるようなものだが、固有名詞を出さずに一見どの街にも当てはめられるようなタイトルにしているという絶妙さである。
椎名林檎ワールドの歌詞
イントロのフランス語詞の意味
ストリングスの緊張感のあるサウンドをバックにフランス語と英語で歌われるイントロ。この歌詞をまず見ていこう。
D’où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ? /我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか
この一節はポール・ゴーギャンの同名の絵画の原題と一致する。
▲ポール・ゴーギャン『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』
Lorsque nous mourrons, aurons-nous les reponses?/私たちが死ぬとき、私たちは答えを持っているのだろうか?
椎名林檎の歌詞には生や死についての描写が度々出てくるが、これもその一つ。なんこかう…哲学的なフレーズで問いかけられると一瞬でも死について考えてしまう言葉の強さである。
このあとに英語詞が続くが意味はフランス語と同じ。したがって、同じ内容のことをフランス語と英語で重ね重ね歌っているということになる。
誰も私が誰か知っちゃいないんだから銀座へ繰り出すわよ!なAメロ
銀座はともすれば行くことにハードルの高さを感じてしまう街なのかもしれない。自分に自信のある人が背筋をピンと張って颯爽と歩いていないといけないような。
道行く人はそんなん誰も知ったこっちゃないんだから出てきちゃえばいいのよ!って林檎氏に背中を押されるようなそんなAメロである。
「もっと迷いたいもっと色めきたい」ってなんてパワーフレーズなんだろう。
3つのサビで描く、銀座は春・日本の夏・いのちの使い道
Aメロのあとに1サビがすぐ来て、間奏を挟んで2サビ3サビが続く。1サビから3サビまで紙に清書して壁に貼っておきたいくらいのキラーフレーズがこれでもかと並んでいる。
Aメロで背中を押されて銀座に繰り出してきた人へ向けて、愛を語ったり仲間を語ったりするのだが、そこに「銀座」「春」「日本」「夏」という場所と季節を特定できる単語が具体的に出てくることによって、より情景をイメージしながら曲を聴くことができる。
同じメロディに「ショータイム」「ネオンサイン」「オーライ」と語感の良い言葉を当てて口ずさみたくなるようにする仕掛けもさすがである。
Aメロと同じメロディでも変化をつけてクライマックスを演出するBメロ
Aメロと全く異なるように聴こえるBメロだが、メロディは全く同じでテンポや伴奏を変えているのである。
ここまでは銀座に出てきて楽しく過ごしていこうよというメッセージであったが、Bメロになると急に現実味を帯びた歌詞が並ぶ。「つらい仕事にご褒美のない」「惚れた人が選んでくれない」という具体的な不幸なエピソードを出したうえで、それを何と言われようとも「あの世に行っちゃ一緒でしょ、死ぬまでの日数なんて僅かなもんなんだからそんなこと言ってるくらいなら銀座においでよ!」と畳み掛けている。
歌詞のとらえ方によっちゃ何とも残酷な歌詞でもあるよなあと思ったんだけど、これは銀座を決して若者だけの街として仕立て上げるのではなく、年を召した中高年にも銀座へおいでよといざなうメッセージなのだろう。
椎名林檎とトータス松本の声の相性
忘れてはならないのが、今回椎名林檎がコラボレーションの相手として選んだトータス松本との声の相性の良さである。それぞれ聞いただけで誰の声かわかる特徴的な声。音の合わせ加減をしくじればまとまりのない曲になりかねない。
しかし、蓋を開けてみれば終始気持ち良いハモリ具合で聴いてて耳がざわつくことがない。これを可能にしているのは、全くユニゾンをしていないことに尽きるのではないか。
椎名林檎がメインのメロディを歌い、トータス松本がハモリを歌う。コラボしておいて一瞬もトータスがメインを歌うフレーズはない。男女のデュエットでここまで徹底しているのはある意味画期的なのかもしれない。
おわりに
リオオリンピックの閉会式といい、今回のGINZA SIXといい、コンセプトを壊さずに自分の色に昇華させてしまう林檎氏のソングライティングの才能は本当にすごいのひと言である。
いつかは私も銀座に繰り出して華やかに闊歩したいものだ!!!!